新型コロナウイルスとウイルス性敗血症:所見と仮説

SARS-CoV-2 and viral sepsis: observations and hypotheses

概要

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行に対して、臨床医学者たちがこの感染症を理解するためのあらゆる努力を重ねてきた結果、臨床的特徴の概要が判明してきた。臨床診療において、重症または重篤な新型肺炎患者は明らかな低血圧が見られない状況下であっても四肢の冷え、抹消血管虚脈拍を含む身体の組織循環の低下という典型的な臨床症状を示す。COVID-19におけるウイルス性敗血症の機序を理解することはこれらの患者のより良い臨床的ケアの探求に有効である。COVID-19患者の検死解剖と、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2、COVID-19を引き起こすウイルス)とSARSウイルス(SARS-CoV、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)の病原体)に関する基礎科学研究によって収集された証拠に基づき、COVID-19に取り組む基礎科学研究者、病原学者、臨床医との複数回にわたる議論を経たのち、我々はSARS-CoV-2病原に関するいくつかの仮説を提唱するに至った。我々は、COVID-19の病気の機序において、ウイルス性敗血症という過程が極めて重要であるという仮説を立てた。のちにこれらの仮説が不完全、さらには間違いだったと証明されるかもしれないが、現時点では基礎研究に貢献し、指針を示すものだと信じている。

組織におけるウイルス性敗血症とCOVID-19病原

生体組織検査または検死解剖によると、初期および後期のCOVID-19患者の肺病理はヒアリン膜、単核細胞、マクロファージ浸透気腔の生成を伴った肺胞の損傷の広がりと、肺胞壁の厚さの増大の広がりを示す。電子顕微鏡によって気管支細胞内とii型肺胞上皮細胞内にウイルス粒子が見られる。さらに、脾臓の萎縮、肺門リンパ節壊死、腎臓内の限局性出血、炎症性細胞浸潤を伴う肝臓肥大、浮腫(むくみ)、脳の広範囲の神経退化が見れらる患者も存在する。新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)粒子が呼吸器標本だけではなく、COVID-19患者の大便や尿の標本からも分離されたことにより、重症COVID-19患者の多臓器不全は少なくとも部分的にはウイルスによる直接攻撃によって引き起こされたことが示唆される。しかしながら、現時点では、死後の検死解剖によりウイルス粒子の広範囲の広がりが観察されたという報告は無い。SARS-CoV-2が肺以外の器官、特にアンジオテンシン変換酵素2(ACE2)高発現器官や、SARS-CoV-2の代替受容体になり得るL-SIGN(CD209L)を持つ器官を直接の標的器官とし得るのかどうかについては、さらなる調査が必要である。加えて、SARS-CoV-2がどのように肺以外の器官に広がるのかという疑問は依然として謎のままである。流行しているSARS-CoV-2のゲノム変異が見られており、毒性の違いについてもさらなる研究が必要である。

SARS-CoV-2とウイルス性敗血症に対する免疫反応

COVID-19患者において、腫瘍壊死因子(TNF)α、インターロイキン-1β(IL-1β)、インターロイキン-6(IL-6)、顆粒球コロニー刺激因子、インターフェロンガンマ誘発タンパク質-10、単球走化性タンパク質-1、マクロファージ炎症性タンパク質-1αを含む炎症性サイトカインとケモカインが著しく上昇したことが示されている。重症インフルエンザ感染に見られるように、COVID-19の免疫病理においてもサイトカインストームが重要な役割を果たしているかもしれない。従来の研究によって、肺上皮細胞、マクロファージ、樹状細胞はすべて、インフルエンザ感染中にパターン認識受容体(TLR3、 TLR7、TLR8のToll様受容体を含む)、RIG-I(リグ-アイ、retinoic acid-inducible gene I)、NLR系(the NOD-like receptor family members)の活性化を通してサイトカインをある程度まで分泌することが明らかにされた。しかし、現時点では、COVID-19における状況についてはほとんど分かっていない。SARS-CoV-2感染に対するサイトカインストームの一次的発生源と、サイトカインストームの背景にあるウイルス学的機序を同定することは非常に重要である。それはSARS-CoV-2感染中のサイトカイン活性化動態を解明することとも関係している–最初のサイトカインはいつ放出され、どのようなものだったのか?同様に、直接的なウイルス誘発性組織損傷、全身的なサイトカインストーム、またはその二つの相乗効果が重症COVID-19患者の多臓器不全の要因となるかどうかもまだ解明されていない。さらに、これらの炎症促進性介在物質(proinflammatory mediators)のうちのどれかを阻害することが臨床的結果に影響を及ぼすかどうか、記録する価値があるだろう。抗IL-6モノクローナル抗体または副腎皮質ステロイドが炎症反応を緩和するのではないかといわれている。しかしながら、マウスを用いたある実験が、IL-6またはIL-6R欠乏症によってインフルエンザ感染がしつこく持続し、最終的に死に至る結果となることを示したことから、IL-6は、好中球媒介性ウイルス排除を促進することで、ウイルス感染に対する予備的対応を開始させるのに重要な役割を果たしているのではないかと考えられる。したがって副腎皮質ステロイドの使用には議論の余地がある。

けれども、免疫反応の調節異常によってもまた、炎症誘発期に続いて免疫抑制段階が生じる。この現象の特徴はCOVID-19患者における、主にCD4T細胞とCD8T細胞の抹消リンパ球数の持続的かつ広範囲の減少であり、二次細菌感染を引き起こす深刻なリスクとも関連している。リンパ球減少症として知られるこの症状は、重症のインフルエンザやウイルス性呼吸器感染症でも見られる。リンパ球減少症の程度とCOVID-19の重症度には正の相関関係が認められている。リンパ球減少症の根底にある機序は未知のままである。従来の研究によってSARS様のウイルス粒子やSARS-CoVのRNAが抹消血液標本、脾臓、リンパ節、様々な器官のリンパ系組織のT細胞から検出されることが示されており、SARS-CoVがT細胞に直接感染できるかもしれないことが示唆されている。SARS-CoV-2とSARS-CoVのスパイクタンパク質の受容体結合部位は一貫性の度合いが高く、SARS-CoV-2のRNAもまた血液標本から検出されている。それゆえに、腫瘍壊死因子関連アポトーシス誘導リガンド軸だけでなくFasリガンド・受容体相互作用に起因する活性化誘導細胞死に加えて、SARS-CoV-2はリンパ細胞、特にT細胞に直接感染でき、リンパ球の細胞死を開始または促進させ、ゆくゆくはリンパ球減少症や抗ウイルス反応不全につながる、という仮説を立てることは理にかなっているだろう。いずれにしても、そのような仮説にはさらなる検証が必要である。SARS-CoV-2感染後のリンパ球においてどのようなタイプの細胞死が起こっているか特定する必要もある。さらに、ACE2発現欠乏のリンパ球の存在が、 SARS-CoV-2がT細胞との争いに譲歩したことによる代替的機序を示唆していることは興味深い。肺胞マクロファージがウイルス粒子を食作用し、それをリンパ球に移送できるのかどうかは、この分野の未解決の問題である。

COVID-19と凝固異常

71.4%のCOVID-19非生存者に明らかな広範囲の血管内凝固症候群が見られた(国際血栓止血学会(ISTH)による基準で≥5以上の等級を満たすもの)ことが研究によって明らかになり、この感染症の後期において凝固異常が生じる結果が示された。特に、D-ダイマーとその他のフィブリン分解産物濃度の上昇が、予後不良と著しく結びついていた。しかし、凝固障害の具体的な機序はまだ明らかにされていない。SARS-CoV-2がACE2高発現である血管内皮細胞を直接攻撃できるのかどうか、そして凝固異常や敗血症につながるのかどうかについて、さらに調査する必要がある。一方で、ACE2はまた、血圧の調節に重要な役割を果たしている。SARS-CoV-2感染後の循環器系におけるACE2高発現は、敗血症性低血圧にある程度関係があるかもしれない。高血圧のCOVID-19患者に対し、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)やアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)による阻害剤治療を用いることに対して疑問が挙げられている。ACE阻害薬は肺炎症を緩和することから患者の治療に有効ではないかと考える研究者いれば、ACE阻害薬がACE2発現レベルに影響を与えることによりウイルスの侵入を増大させるのではないかと主張する研究者もいる。しかしながら、COVID-19患者の治療にARBやACE阻害薬を用いる危険性に関する臨床的証拠はまだほとんど無い。これらの薬がウイルスの侵入を阻害するのか、それとも助長するのかを調べるためのさらなる研究が必要とされている。

結論

COVID-19患者の治療における観察結果に基づき、我々は、軽症例においては、肺の炎症反応を引き起こす常在性マクロファージがSARS-CoV-2感染後にウイルスを封じ込めることができたという仮説を立てた。自然免疫応答、適応免疫応答の両方がウイルスの複製を抑制するために効率的に働いたため、患者が短時間で回復したのではないだろうか。しかし、重症または重篤なCOVID-19感染例においては、上皮内皮関門(血液空気関門)の統一性が著しく妨げられていた。SARS-CoV-2は上皮細胞に加えて、肺毛細血管内皮細胞も攻撃することができ、多量の血漿成分浸出液が肺胞腔内に溜まることにつながる。SARS-CoV-2感染に対して、肺胞マクロファージや上皮細胞が様々な炎症性サイトカインやケモカインを産生するだろう。この変化に際し、ウイルス粒子や感染細胞が含まれた滲出物を排除するために、単球と好中球に感染部位への走化性が引き起こされ、結果として制御不能な炎症が生じる。この過程において、リンパ球の大幅な削減と機能障害のために、適応免疫応答が効果的に開始されない。制御不能なウイルス感染によりさらなるマクロファージ浸潤が起こり、肺の損傷はより一層悪化する。一方で、広範囲に広がったSARS-CoV-2による他器官への直接攻撃、全身性サイトカインストームによって起こる免疫病因性、微小循環障害が重なり、ウイルス性敗血症を引き起こす。それゆえに、効果的な抗ウイルス療法と自然免疫応答を調節する処置、適応免疫応答の回復が、悪循環を断ち切り、患者の予後を良くするために必要不可欠であろう。

COVID-19の感染爆発以来、臨床医学者たちがこの感染症を理解するためのあらゆる努力を重ねてきた結果、臨床的特徴の概要が判明してきた。しかし、この感染症に見られる症状の機序の解明はまだ未解決のままである。COVID-19における剖検研究によって収集された証拠と、SARS-CoV-2およびSARS-CoVに関する基礎科学研究に基づき、COVID-19に取り組む基礎科学研究者、病原学者、臨床医との複数回にわたる議論を経たのち、我々はSARS-CoV-2病原に関するいくつかの仮説を提唱するに至った。我々は、COVID-19の病気の機序において、ウイルス性敗血症という過程が極めて重要であるという仮説を立てた。のちにこれらの仮説が不完全、さらには間違いだったと証明されるかもしれないが、さらなる研究のための問題提起になると信じている。

SARS-CoV-2が血管内皮細胞を直接攻撃するかどうか、そして、凝固作用とウイルスの広範囲への拡散の影響を調査するため、さらなる基礎科学研究が必要である。SARS-CoV-2感染によって引き起こされる病変への生体内でのARBやACE阻害薬の効果を評価するために、臨床試験と動物実験が行われるべきだろう。SARS-CoV-2がリンパ球に直接感染するかどうか、それが適応免疫応答にどのような影響を及ぼすかを確かめるため、さらなる努力が必要だろう。SARS-CoV-2感染中のサイトカイン活性化動態についてもさらなる調査が必要である。免疫調整療法の有効性を無作為化臨床試験で評価すべきである。

翻訳元記事

SARS-CoV-2 and viral sepsis: observations and hypotheses